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都立立川高校同窓会有志の9条の会です。
by tachiko9
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立川高校9条の会ニュースNo.2

なんとしても必要です、


国民投票法案を阻止することが


弁護士 杉井 静子(高校 15期)



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今国会に憲法改正国民投票法案(以下国民投票法案という)が上程され成立させられようとしています。すでに民主党をまきこんで「論点整理」が始まっています。
 自民党は昨年11月に条文になった改憲案つまり「新憲法草案」を発表していますので、改憲の中身は整っているわけです。だから後は改憲案を国民投票にかけるための手続法が必要ということです。しかし国民投票法は単なる手続法ではなく、改憲のための法案でこれを通せば、改憲案の国会発議につながっていく危険性を十分認識する必要があります。
事実、船田元、自民党憲法調査会長は「(国民投票法案の)論点整理を入口に、互いに議論するなかで、境界線はない。法案につながっていく」と述べ、「憲法改正に向け、通常国会で国民投票法を成立させたうえで、政党間協議の入口まで今年後半にはたどり着き、来年、本格的な協議に入りたい」と言っています。
 与党の協議でつくられた国民投票法案骨子案を見ますと、改憲の内容を国民にわからせないようにして、また、国民の「過半数の賛成を必要とする」というハードルを出来るだけ低くして、改憲を実現してしまおうとしている意図が見え見えです。以下「骨子案」を見てみましょう。
 国民投票を提起して実際に投票するまでの期間は30日から90日以内ということです。最悪の場合、30日で投票させるのです。しかもその間国民がさまざまな機会に改憲についてついて議論することが出来にくいしくみを考えています。公務員は勿論、教育者の場合授業で改憲をテーマに話すことも「国民投票運動」として禁止されかねません。また新聞・雑誌等の「虚偽報道の禁止」や「予想投票の公表禁止」があります。さらに新聞・雑誌等の「経営上の特殊な地位を利用して」の報道の規制があるのでマスコミの社説・論説自体が規制されています。
このような規制の下マスコミが「自主規制」して、改憲についての報道がほとんどされない状況の下で、国民は「見ざる聞かざる」状態で、国民投票に臨むことになります。そして「有効投票の過半数」の賛成で改憲は成立することになります。「有効投票の過半数」となると、投票率も低く無効票も多ければ、有権者総数の十数%で改憲が出来てしまうことになるのです。また自民党が出したような「新憲法草案」全体についての賛否を問う「一括投票」ということになると全体的に改憲は賛成という世論が多いなかで危険性は一層強まります。こうした危険性を直視して何としても国民投票法案を阻止するとりくみが今求められています)

 
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 「戦争と平和の綱引き」の


 手を緩めてはならない


石川 清(高4期・元都立高校歴史科教員)


  「立高9条の会」が昨年秋に続く第二回の集いを催されると伺い、賛同者の一人としてささやかな文章を寄せさせていただきます。
 日本国憲法が公布されたのは1946年1月、私が旧制二中の一年生の二学期でしたが、とりわけ戦争放棄と軍隊不保持を謳った第9条は、敗戦までの「国民学校」時代、生来病弱だった幼い私をさいなみ続けた戦争と軍国主義教育からの解放を告げる希望の灯と感じられました。「これでもう戦争で殺されることも、軍隊に入れられていじめられることもなくなった!」という開放感の記憶は、それから60年後の今も私の心に生き生きと甦ります。更に思想・信条・良心の自由を保障した第19条も、高校生になってマルクス主義に近づいた私にとっては、わずか数年前までは「国禁の思想」として弾圧されていたその思想を自由に学習できる法的根拠として力強い支えとなりました。
 ところが、この輝かしい憲法が今、存亡の危機に立たされています。昨今の教育基本法改悪の与党合意、国民投票法案作成の策動などは、本命の憲法改悪の外堀を埋める動きに他なりません。事態はまさに切迫しています。
しかし、現在の日本国民は、敗戦前の天皇制と軍国主義に呪縛された「物言わぬ民草」ではありません。その結成から僅か二年間で全国の津々浦々に四千を越える「9条の会」が続々と生まれていることは、かの安保闘争の際の地域共闘組織がピーク時でも二千余だったことに比べても、静かではあるが深いところから湧き起っている日本国民の平和を希求する強固な意志の現われと考えます。
 かつて自由闊達な校風を誇っていた都立高校は現在、東京都教委の一片の通達によって「日の丸・君が代」強制をはじめとする暴圧にさらされています。思想・信条・良心の自由を保障している憲法と一教育委員会の「通達」とは、一体、法的にどちらが上位に立つものなのでしょうか? 日本国憲法はいつから「国の最高法規」でなくなったのでしょうか? 憲法改悪が未だなされていない現在でさえ、このような無法が罷り通っています。
憲法の明文改悪が行なわれた暁にどのような事態が生ずるか、想像に余りあります。「戦争と平和の綱引きは少しでも手を緩めた方が負ける」とは早乙女勝元氏の言葉です。私たちの母校、立高に「9条の会」が結成されたことは、戦後歴代の先生方と私たち同窓生とが営々と築き上げて来た民主主義教育の稔り豊かな結晶ではないでしょうか。
 私は現在、体調を崩して療養中のため残念ながら集会には参加できませんが、立高関係者の皆様が現在の事態を御明察の上、お一人でも多くこの会に入会され、来たるべき「歴史の綱引き」に参加されることを心から願って、集会へのいわば“紙上参加”とさせていただきたいと存じます。
 
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 私と憲法


子どもの豊かな成長を願って


 川田好博 (高校18期)


 
今年の三月、三十年余り勤めた都立高校の教員生活に終止符を打った。近年の都立高校は、すさまじい嵐に見舞われている。「日の丸・君が代」の強制をはじめとする管理主義の横行は目を覆うばかりである。
入学式・卒業式は、教育委員会の職員や管理職の監視のもとで、まるで戒厳令下のようである。そればかりでなく教育行政機関は都立七生養護学校のように公然と教育内容まで干渉している。 以前「大企業に憲法はない」と言われたことがあるが、都立高校には憲法は存在しないという状況が生み出されつつある。 憲法第十九条【思想及び良心の自由】、第二十三条【学問の自由】は踏みにじられている。
こうした教育行政機関の攻撃は認められないが、その攻撃に十分対応できない教員側の弱点を利用されて来たように思える。後を絶たない体罰の横行、生徒を馬鹿にした態度、旧態依然の授業などなど、教育の信頼を失う事態が往々にして見られた。「中学までは義務教育だから」と高校生に向かって説教する教員もいた。生徒にとって、中学も高校も変わりはない。憲法第二十六条に保障された教育権を行使しているだけである。
子どもの豊かな成長のために、憲法・教育基本法の理念を視点に内部とも外部とも闘ってきた年月であるが、志半ばにしてという感も残っている。憲法・教育基本法を守る闘いはこれからも続けたい。
(山梨革新懇の「私と憲法(第4集)」より転載)
 
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 幼児の戦争記憶

 

木村 富美子 (高16期)



 人は何歳ごろからの記憶があるのだろうか。 私が、3歳以前の記憶がある、と言うと、親などから聞かされたことを、自分自身の記憶として錯覚しているのだ、と疑って信じてくれない人が多いが、私の耳が憶えていることが、確かにあるのだ。
それは、昭和二十年四月、自宅のあった池袋から銀座方面一帯が空襲(あの『君の名は』の真知子と春樹が数寄屋橋で出会う同じ空襲)になった夜の、一瞬の記憶である。焼夷弾の降る中を、母の背に負ぶさって、火の粉を避けるために頭から布団を掛けられ、防火用水の水を浴びながら、火の海の中を逃げたらしいが、そのことは全然憶えていない。安全な場所まで逃げて来たとき、母は初めて、背中の私が身動き一つせず、泣きもしないことに気づいたのだろう。
 母が、「ふみが息をしていないようなの!早く布団を取って確かめて!」と叫んだ。そのときの母の声を、私ははっきり憶えているのだ。父が布団を取り去った瞬間、私が大きな声で泣いたことも。それまで怖くて声も出せなかったのだろう。
「元気だよ。ふみは元気だよ」私は泣きながら、父の声も聞いた。父が水筒から水を飲ませてくれ、私は喉が渇いていたらしく、ゴクゴク飲んだらしいが、そのことはあまり憶えていない。だが、四月の夜に濡れた体で寒かったのか、私は大きなくしゃみをした、その「ハクション」という音も、耳底にあるのだ。
 父の実家の西多摩で疎開生活を始めるまでのことも、始めた後のことも、終戦の日のことも、何も記憶にない。
 しかし、八月の末、学徒出陣していた兄が復員して来た日のことは、鮮明に憶えている。
 私は三歳三ヵ月になっていた。兄は、父母に向かって、最敬礼をし、「ただ今帰りました」と言った。母は、割ぽう着の裾を顔に当てて泣いた。私は、兄がくれた板チョコを、従姉と一緒に食べながら、何で泣くのかと、母の姿を見つめていた。幼い私には、嬉しくても泣くことが、分からなかったのだ。板チョコは、今までに味わったことがない程おいしかったのだろうが、その味の記憶がない。だが今でもチョコレート色の包装の板チョコを見ると、なんだかとても懐かしくなる。
 終戦が十日遅かったら、兄も特攻隊として、飛行機に乗ったかもしれなかったという。訓練を終えて飛び立つ先輩たちの姿と、飛行機を見送ったときのなんとも切なく複雑な気持ちは、六十年たった今も忘れることが出来ない、と兄は言う。
 私は疎開して以来、近くの村役場が正午を知らせるサイレンを聞くたびに、毎日毎日脅えたように泣いたらしい。小学校に入学してからもそれは続いていて、お昼のサイレンが鳴ると、みんなは「弁当だ!」と喜ぶのに、私は反射的に机の下にもぐって、耳を押さえて泣いていた。空襲警報を聞いた記憶は残っていないのに、私の体が、私の鼓膜が、恐怖感と共に憶えていたに違いない。
 記憶の中にはなくても、私の五感の中に残っている恐ろしい体験と、ところどころの鮮明な一瞬の記憶が、どんなことがあっても、二度と戦争をしてはいけない、と叫び続けている.。
 
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# by tachiko9 | 2006-05-14 21:48
立高9条の会発会記念「講演とラテン音楽の集い」
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立高9条の会・発会記念
「講演とラテン音楽の集い」に100名を超える参加


渡辺 治先生の講演“平和を守る一点で多くの方々と大同団結、心に響きました

9条『改正』は必要か、日本をどこへ導くか?ー「憲法9条の力と可能性」ー
e0042903_2501268.jpg ラテン・トリオ・パライソの歌声「コンドルは飛んでゆく」が余韻を残す会場に、渡辺治さんの落ち着いた、凛とした声が伝わり始めた。
 9.11総選挙に「大勝」した自民党は10月28日「新憲法草案」を公表、改憲派前原新代表の民主党も負けじと同月31日「憲法提言」を発表した。自民党「草
明快な論理でわかりやすく講演する渡辺 治先生
案」は改憲の焦点を自衛隊の海外での武力行使の正当化に絞り、民主党、公明党を協議の土俵に引きずり込もうとしている。そして、「九条の理念と現実は乖離した、現状に合わせるべきだ」「九条の理念はすばらしいが、北朝鮮や中国の脅威に対処できない」と喧伝している。
はたしてそうなのか。―渡辺さんはこう問題を提起し、9条改憲の本当のねらいは何か、改憲をはねかえすためにどうするか、2時間近くにわたってよどみなく熱をこめて訴え、深い感銘を与えた。

1.憲法9条は現実と乖離して役に立たないのか?解釈改憲でズタズタになってしまって何の役にも立たなくなってしまったのか?
 そうではない。憲法九条は死んでいない。自民党は、1960年以後2000年に入るまで総選挙のときの政策で憲法「改正」を謳ったことがない。60年安保改定反対の国民的運動によって改憲の試みが挫折して以降、改憲を口にすることはできない状況が長く続いてきた。
戦後の平和運動の力は、憲法「改正」の動きをストップさせたばかりか、憲法九条を力のあるものに変えていった。「自衛隊の海外派兵はしない」という政府答弁を引き出し、非核三原則を国会で決議させた(1972年)。武器輸出禁止三原則、防衛費のGNP比1%枠、「集団的自衛権の行使はしない」「戦闘地域には行かない」など、政府や自衛隊の行動を縛る多くの制度や慣行が蓄積され、憲法九条は日本の政治を厳しく縛ってきたのである。

2.改憲派は北朝鮮や中国が攻めてきたらどうするんだと脅している。
e0042903_329279.jpg 今既に日本は、九条の下で規制されているとはいえ、強大な自衛隊と米軍の軍事プレゼンスの下で、どこの国からの侵略にも十分すぎるほど強大極まりない軍備をもつに至っている。北朝鮮や中国がある日突然攻めてくるなどということはこれまでもなかった
演奏するラテントリオ・パライソ・中央が大野春樹さん(16期)
し、これからもない。たとえ北朝鮮が日本を攻撃しようとしたとしても、あの程度のミサイルではとうてい日本を制圧できないことは明らかだし、海外艦隊もない。
九条を「改正」しなければ日本が侵略されるなどというのは真っ赤な嘘だ。九条の理念を実現するためには、世界の、アジアの平和保障の前進が不可欠の前提条件でることこそ日本がなすべきことである。
非核三原則をもつ日本こそ核兵器の使用禁止、完全禁止のイニシアチブをとり、武器輸出三原則の日本こそが軍事紛争の根源である武器の移転規制のイニシアチブをとるべきなのだ。

3.1990年代に入り憲法九条を変え、日本を軍事大国化しようという動きが再び台頭し大きなうねりとなった。
e0042903_3472391.jpg 背景には経済のグローバリゼーションがある。冷戦後の自由市場の拡大・大競争と秩序維持の分担を求めるアメリカの圧力、日本企業の多国籍的進出とアジア中心の進出が、既存の政治のあり方を変える改革を迫っている。
90年代以降の軍事大国化は三段階に区分できる。90年(湾岸戦争)から99年(周辺事態法成立)、99年から2004年(イラクへの自衛隊派兵)、それ以後。
第一段階では、パンドラの箱のなかから平和運動という妖怪が出てくることを恐れ、解釈改憲路線がとられた。新ガイドライン体制(日米防衛協力のためのガイドライン、97年改訂)と周辺事態法。
第二段階、99年以降改憲論が高揚した。新ガイドライン/周辺事態法の三つの限界(地域的限界、後方支援の内容制約、民間企業や地方自治体動員上の限界)に対する不満。2000年アーミテージ報告は「日米同盟を英米同盟と同じようにしたいのであれば、憲法を変えたらどうか」と、改憲による集団的自衛権の容認を求めた。だが、ブッシュのアフガニスタン、イラク先制攻撃路線で小泉政府はとるものもとりあえず「テロ対策特措法」「イラク特措法」で自衛隊を派兵し、有事法制を制定しつつ、「改憲」は後回しとなった。     
そして第三段階、イラク派兵強行後改憲が政治日程に浮上する。
 イラク派兵は保守勢力に軍事大国化完成にとって憲法九条の壁が大きく立ちはだかっていることを改めて確認させた。自衛隊を「普通の国」の軍隊にするために、今まで避けに避けてきた憲法九条に手をつけ、リスクを犯しても正面突破するしか道はない、と九条改憲が焦眉の課題として登場した。
 財界や保守勢力の九条改憲焦眉の目的はただ一点、自衛隊の武力行使目的の海外派兵を認めるということにある。自衛隊の合憲化とか「自衛権」を持つために変えるのではなく、あらゆる場合の自衛隊海外派兵正当化こそがねらいだ。

4.改憲勢力は「国民投票で過半数の賛成をえなければならない」という、巨大なハードルに直面している。
e0042903_3502773.jpg 憲法「改正」をめぐる国会内の力関係と社会における国民意識には大きなズレがある。どの世論調査でも「九条改正に反対」が約半数である。この社会の多数派の声を顕在化し、政治的力にできるか否かが勝負の分かれ目であり、いくら国会で議席独占があっても、改憲派は「改正」を発議できない。「九条の会」はそのための一つの力だが少数だ。国民の過半数を組織する運動を行なわなければならない。改憲反対運動が成功すれば流れは確実に変わる。そのために、平和運動のバージョンアップが必要だ。
戦後日本の平和運動の原点は、あの悲惨な戦争を繰り返さないという誓いであった。この原点を確認しつつ、憲法「改正」の動きが、日本が再びアジアに進出するなかで起こっていることを 、「殴る側の大国」になったことを自覚した運動になる必要がある。
 そして、多くの日本の労働者や市民は、自衛隊の海外派兵と九条改変に反対し危惧の念をもっていると同時に、深刻な企業リストラや医療、年金改悪、介護保険の改悪に苦しんでいる。この二つの闘いが合流することが必要だ。
 私たちがめざす運動は、憲法「改正」のねらいである軍事大国化と構造改革をやめさせ、それに対抗する福祉国家と平和国家の建設、つまり憲法を完全実施する国家づくりである。(以上の講演内容は、渡辺治『憲法「改正」』増補版 旬報社、も参考にしてまとめたものです。文責・井上學・13期)

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受付のみなさんと吉田 道郎さん


閉会の挨拶と運動の呼びかけ
      吉田 道郎(高5期・元教諭)
 立高九条の会の初めての大きな集会に御参集下さりまことにありがとうございました。
ご多忙の中を、恩師、同僚、同級生、かつてのクラブの仲間、教え子、その家族、知人、友人、地域の九条の会会員を含む102人という大勢の方々においで頂き、世話人一同大きな勇気を与えられました。「どうしても予定が重なり参加できないが、盛会を念じます。皆様に宜しく」というご連絡が多くあったこともお伝えします。
この日に「立高九条の会」の賛同者は110名を超え、一層の躍進に自信を得ました。ご出席の方々はどうかこの日の模様を広く話題にして下さい。
 この日以後、すでに自衛隊は米軍の指導のもとにイラクでの市街戦の研修を実施、また改憲勢力による「国民投票法案」のすりあわせがしきりに行われるなど、9条改変へ挑戦の動きが矢継ぎ早に進められています。私たちは記念行事以後の「一服」は許されず、如何に各自の多忙と戦うかが大きな問題です。
 世話人会では「会の趣旨に賛同するが、多忙で何もできないので」という返事に接して、呼びかけ方にもっと工夫が要るのではないか、仕事や介護で時間はとれなくても、趣旨賛同の意思そのことに大きな意味があり、私たちの動きを大きく力づけることになることをもっと丁寧に語りかけよう、と相談しました。
 都合のつく方が居られましたらどうか世話人に加わって下さい。そして、賛同者は知恵を貸して下さい。年末から年初に掛けて再び大きな前進を遂げたいと思っています。
 力演くださった「ラテントリオ・パライソ」をはじめ、急遽お願いした司会の三宅征子さん(16期)、自発的に記録写真を撮ってくださった北村元宏さん(16期)、そして会場の準備、受付に手を貸してくださった方々にお礼を申し上げます。

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参加者のみなさんの感想です
★音楽も講演もとても迫力があって良かったです。なかなか一歩を踏み出せない現実があるけれど、やはり、一歩踏み出さなければいけないと思いました。わずかな一歩しか踏み出せないかもしれませんが、何かできることを見つけて頑張ろうと思います。       H・A

★お話の趣旨、よく分かりました。国民の平和への思いが、異常視される社会になりつつあることに危機感を覚えているこの頃、久しぶりに元気な声を聞いたように思います。 K・K

★とても明解で、具体的なお話の中で、問題の所在をはっきりつかむことができました。又、最後の、平和を守る一点で多くの方々と大同団結することの重要性、心に響きました。渡辺先生に心から感謝です。ラテン音楽も楽しかったです。              H・H

★高校卒業後、同窓生との交流はほとんどありませんでした。今回はこのような企画を準備をしていただきありがとうございまいした。ラテン音楽楽しませていただき、良かったです。渡辺先生のお話は以前にも伺ったことがありますが、9条をめぐる歴史、役割を分かりやすく教えていただきありがとうございました。9条を守るために活動したいと思いました。  K・K

★日本になじみの多いラテンリズムが大変楽しかった。渡辺さんは憲法をめぐる60年の歴史を丁寧に語ってくれて、充分納得できる講演会となった。憲法改悪が努力すれば喰い止められるという展望を示してくれた。   T・M

★ワクワクドキドキの時間をありがとうございました。生のラテン音楽を聴いたのは高校時代以来でしょうか。すばらしい演奏で30分があっという間でした。もしかしたら、高校時代から歌い続けていらっしゃるのでしょうか。
音楽のすばらしさ、年を重ねること、歌い続けることのすばらしさに圧倒されました。9条に限らず、どこを見てもお先真っ暗の現状の中で、生きていくっていいもんじゃない!と、明日へのエネルギーをいただきました。
憲法は国を規制するものであって、自民党案のように国民を規制するものではないという事を肝に銘じたいと思います。明快な論理で力のこもった講演でした。
「なぐる側に立たない」、最後の話、心に残りました。中身の濃い会でした。世話人の方々、ありがとうございました。       H.K

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久しぶりに会えてよかったね。(16期のみなさん)
        
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# by tachiko9 | 2006-01-25 02:34
「立高9条の会」発会式のご報告

 「立高9条の会」発会式のご報告

2005.7.30


 まずお詫びをしなければならないのは、初期に「呼びかけ」をお送りした方々の一部に7月24日の発会式のご案内ができなかったことです。
 「会報発行」その他の活動をするためには「呼びかけ」に賛同された方々がまず集まって話し合う必要がある、とのご意見で急遽開催を決め、
 それ以降は「呼びかけ」に「発会式」のご案内を添え書きしたのですが、それ以前の方々には賛同のお返事をいただいた段階では「ご案内」が間に合わなかったためです。
 大変申し訳なくお詫び申し上げます。

「発会式」には、急なことで会場もあまり便のよくない団地の集会室であったにもかかわらず、予想を上回り先生方を含めて19名の方々が参加されました。
遠からず「全体総会」を開いて、より多くの会員の方々との意見交流を図りたいと思っていますが、今日は当日の模様をご報告いたします。

第一部
映画「日本国憲法」(DVD 2005 ジャン・ユンカーマン監督作品)上映

4人の国立市民も観客として加わり、24席の部屋は満室状態で、冷房を強めたり弱めたり大変でした。

この映画は日、米、韓、中、シリア、パレスチナの12人の知識人、運動家、作家へのインタビューを中心に構成されており、新生日本の憲法には占領軍、被占領国家という関係を超えて「人類の叡知」が注ぎ込まれていること、
 それは世界各国の憲法条文を参考にしながらも世界憲法史上初の「戦争放棄」「軍隊不保持」という文言に輝かしく結実しており、アメリカの憲法よりも優れた条項を持つ憲法を「押し付け」などとはとてもいえないこと、
 戦後60年にわたってこの憲法を護ってきたのは日本の国民であり、これは大いなる尊敬に値すること、
 しかし、もし「憲法改悪」「9条放棄」という事態になれば世界とりわけアジア諸国は緊張し、日本に対する不信感はこれまで以上に強まるであろうこと、
 従軍慰安婦や現地住民の大量虐殺などかつて日本軍が犯してきた戦争犯罪を認め謝罪することなくしては、アジアおよび世界の人々の信頼を得ることは難しいことなどが語られました。

 「憲法9条」は軍国主義国家日本が民主主義国家として再出発するにあたっての「決意書」の中核であり、
 また特にアジア諸国の人々にとっては二度と侵略や植民地化をされることはないということの大切な「保証書」でもあるのです。

「憲法9条を護る」ことは「人類の希望の灯を護る」ことであることをあらためて確信しました。

本「映画日本国憲法読本」は有限会社フォイルから出版されています。
有限会社フォイル 
〒154-0024 世田谷区三軒茶屋2-23-4 クオレ三軒茶屋205
Tel 03-5432-6317・Fax 03-5432-0965

DVDの貸し出しについては
 ㈱シグロ Tel 03-5343-3101

第二部
自己紹介と「この会をどのようなものにしたらよいか」についての意見が交わされました。

出席者を当日の名簿記載順に記しますと、

吉田 道郎(5)、山岸 忠雄(16)、赤根 雅雄(16)、上村 文雄(16)、羽生 敦・庸子先生ご夫妻、長谷川 朗(17)、三宅 征子(16)、小峯 修明(13)、市川 孝司先生、井上 學(13)、木倉 文子(16)、河村 美智子(17)、八木 悦子(12)、内野 東彦(13)、藤田 宜正・明恵(16)、秦 恒彦先生、山岸 勝子(16)-敬称略―の19名でした。

主な意見は

「日本人は国際貢献という言葉に弱いが、9条を護ることも国際貢献である。」

「ファシズムは真綿で首を絞めるようにやってくる。発言を封殺しようとする力が最近強くなっているとかんじる。」

「そういう状況だから自分の意思を表明することが大切になってくる。この会を多くの人の意思表明の場にしたい。」

「有権者の半数の人たちに9条を護るという意思表示をしてもらえるようになれば、9条は護れる。そのためには縦にも横にも9条の会を作っていかないと」

「いままで署名のもつ重みをあまり感じていない所もあった。地域とリンクすればいいのかもしれない。」

「アジアで仲良くやらないと日本には未来がない。荒っぽいやり方をしたらとんでもないことになる。」

「9条を護るということは守勢にまわるということではない。むしろ世界の国々に平和憲法の精神を拡げていく運動もできるのではないか」

などなど。

皆さんの発言には50年、60年の人生経験の中で培われた深い思いがありました。

この会がこれからどんな活動をしていくかについては、会員の居住地が全国各地に及ぶことを考えると、一堂に会するような活動はむずかしい、
「会報誌」を通じての意見、情報の交換をしてはという意見もありましたが合意には至りませんでした。
ホームページを開設してはどうかという案は賛成されて、内野 東彦さんが担当者を引き受けてくださいました。これから研究しますということですのでどなたか経験のある方は応援してあげてください。

主な取り決め事項

会費は年1000円として通信費等にあてる。
05年7月から12月を初年度とし、06年1月から2年度とする。(これは当日は決めませんでしたが、決めないと先へ進めませんので暫定的にこうします。後日修正可です。)

会計係は河村 美智子さんが気持ちよく引き受けてくださいました。
河村さんは会費の振込先として郵便局に口座を開設すべく動いてくださったのですが、最近施行された法律により「会の代表者」や「会の規約」を提示しないと受け付けられないということで、目下のところ会の口座はありません。

当面1000円分の80円切手でも受け付けますのでご郵送ください。

会費の郵送先  下記の藤田宛にご郵送ください。
連絡先  
藤田 宜正
〒186-0003 国立市富士見台1-28-19-36-410 
  Tel 042-573-5211  fax 042-573-2002
㈱アクエリアス・藤田
電子メール アドレス : aquarius@mountain.ocn.ne.jp


吉田 道郎  
〒192-0911 八王子市打越町665
Tel&fax 0426-32-7860

「立高9条の会」にはまだ限られた「期」の方しか参加されていないことにお気づきだと思います。数人の「よびかけ人」のヒューマン・ネットワークではおのずと限界があります。

どうか皆さん、あなたしか持っていないネットワークを活かしてよびかけてください。

私たちのこの会がこれから育っていくためにはたくさんの、たくさんの根っこがいるのです。

卒業生も先生も同じ地平にたって、一人でも多くの立高関係者に呼びかけていこうということになりましたが、
 初期に「お呼びかけ」した先生方から卒業生が主導する形にした方がいいのではないか、
というご意見があったことを再考し、
 別紙名簿では先生方を「賛同者」とさせていただくことにしました。
 これは当日の合意と異なりますが、今後も検討する課題としてとりあえずご了承ください。

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# by tachiko9 | 2005-08-05 19:51